大日本印刷事件(採用内定の取消し)

大日本印刷事件 事件の経緯

会社が、入社を希望する学生を推薦してもらうよう大学に依頼して、卒業予定の学生に向けて求人を募集しました。

卒業予定の学生が大学の推薦を受けて、求人に応募して、筆記試験と適性検査を受けました。その後、面接試験と身体検査を受けて、合格し、会社から採用内定通知書が届きました。

採用内定通知書には誓約書が同封されていたので、誓約書に署名をして会社に送付しました。誓約書には、間違いなく入社すること、一定の事由があるときは採用内定を取り消されても異存がないこと、が記載されていました。

採用内定を得た学生は、並行して別の会社にも応募していたので、その応募を辞退しました。

ところが、その数ヶ月後に、会社は採用内定を取り消す旨を通知してきました。通知されたのが卒業する直前であったため、他社に就職できないまま、大学を卒業しました。

これに対して、従業員としての地位が存在することの確認等を求めて、会社を提訴しました。

大日本印刷事件 判決の概要

会社の求人の募集に対する学生の応募は労働契約の申込みであって、これを受けて行った会社の採用内定の通知はその申込みの承諾である。

また、採用内定者が誓約書を提出したことによって、採用内定者と会社の間に労働契約が成立したと考えられる。

ただし、その労働契約は解約権が留保されたもので、採用内定者が大学を卒業するまでの間に、誓約書に記載されている採用内定の取消し事由に該当したときは、会社は解約権を行使できる。

会社が行った採用内定の取消しは労働契約の解約であり、解約の事由が、社会通念上相当と是認できるものかどうかが吟味されなければならない。

大学卒業予定の学生が採用内定を得たときは、他社への就職活動を停止するのが通例であるから、就労の有無という違いはあるが、採用内定者の地位は試用期間中の者の地位と基本的に同じである。

ところで、試用期間中の解約権の留保は、採用を決定した当初は、その者の資質、性格、能力等に関する資料を十分に集められないため、後日に調査や観察に基づいて最終決定をする趣旨で付けられるものである。

しかし、雇用契約を締結する際は、通常は会社の方が労働者より優越した地位にあるから、解約権の行使は、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当と是認できる場合に限って許される。これは、採用内定期間中の解約権の行使についても同様である。

採用内定の取消し事由は、採用を内定した当時は知ることができず、また知ることが期待できない事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認できるものに限られる。

本件では、陰気(グルーミー)であることが採用内定の取消し事由とされているが、陰気(グルーミー)な印象があることは当初から分かっていたことであるから、会社がその段階で調査をすれば、従業員としての適格性の有無を判断できた。

会社が不適格と思いながら採用内定を通知し、その後、不適格性を打ち消す材料が出なかったので採用内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当と是認できない。解約権の濫用にあたり、採用内定の取消しは無効である。

大日本印刷事件 解説

会社が採用内定を通知して、採用内定者が誓約書を提出した段階で、労働契約が成立すると判断しています。ただし、解約権を留保した労働契約で、一定の取消し事由が生じたときは、会社は解約権を行使できることになっています。

この場合も原則どおり、解雇権の濫用に関する考え方が適用されるのですが、解約権が留保されている趣旨や目的に照らして、通常の解雇とは異なる基準による解約が認められます。

通常の解雇事由とは異なる事由で採用内定を取り消す場合は、採用内定者にその事由を書面で明示することが必要と考えられています。

厚生労働省が定めた「新規学校卒業者の採用に関する指針」においても、会社が採用内定を行う場合は、文書により取消し事由を明示することが記載されています。

また、採用内定を出した当時に知っていた事由、又は、知ることができた事由により、採用内定を取り消しても無効になります。

この裁判例から導き出されるポイントとしては、次の2点が挙げられます。

  1. 採用内定を取り消す可能性がある場合は、あらかじめその事由を書面で明示すること
  2. 採用内定を出した当時に知っていた事由(知ることができた事由)で、採用内定を取り消さないこと