富士製鉄事件(退職勧奨)

富士製鉄事件 事件の経緯

レッド・パージ(戦後における日本共産党員とその支持者に対する解雇)に関連して、会社から従業員に対して、

を申し入れました。

従業員はこれを受け入れて、退職願を会社に提出しました。

その後、従業員は、会社の申し入れは解雇と同じであって、その解雇は無効であると主張して、雇用契約の存続を求めて、会社を提訴しました。

富士製鉄事件 判決の概要

退職の勧告が条件付きの解雇の意思表示と同時に行われた場合に、勧告された者が、これに応じなければ一方的に解雇されて大きな不利益を受けると考えて応じることがあるとしても、勧告に応じるかどうかは本人の自由で、解雇の違法性を争う余地もある。

それが強迫に基づく意思表示と認められるなど、特別の事情がある場合は別であるが、本件では、そのような特別の事情として認められる証拠はない。

したがって、会社が行った退職の勧告は、合意解約の申込みであり、一方的な解雇ではない。従業員は、退職の勧告に応じて退職願を提出し、異議なく退職金等を受領したことから、合意解約は有効に成立したと認められる。

富士製鉄事件 解説

会社から従業員に対して、期日までに退職願を提出すれば退職金を加算して支払うこと、期日までに退職願を提出しなければ解雇することを申し入れて、従業員は退職願を提出したのですが、後になって従業員が無効を主張して裁判になったケースです。

従業員は会社の申し入れは解雇と同じであると主張したのですが、裁判所は「合意解約の申込み」と「条件付きの解雇」であるとして、合意解約の申込み(退職勧奨)に応じて、従業員が退職願を提出すれば、合意解約(退職)が成立すると判断しました。

そうすると、「期日までに退職願を提出しなければ」という条件が発動しませんので、解雇として取り扱われることはありません。したがって、解雇の正当性が問われる余地はありません。

ただし、従業員が退職願を提出したとしても、それが強迫されて行ったりしたもので、特別の事情がある場合は、退職の意思表示は無効になります。

この事件では、そのような事情を示す証拠はなく、従業員は自由に判断できる状態であったと認められました。また、従業員は異議なく特別退職金を受領していたことから、退職に伴う手続は円満に完了して、退職は有効に成立したと判断されました。

退職願の提出は、強迫された場合の他にも、心裡留保(真意と異なる意思表示)によるもので無効であると主張することも可能です。

しかし、民法上は、心裡留保であっても原則的には有効とされています。例外的に、意思表示を受け取った相手方が、それが真意でないことを知っていた場合に限って、無効になります。

「民法第93条(心裡り留保) 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。」

退職の意思表示の無効を主張するためには、その当時に、従業員は退職する意思がなかったこと、従業員は退職する意思がないと会社が知っていたことを示す証拠が必要になります。

実際に退職願が提出されている場合は、それを覆すような証拠を示すことは難しいと思います。