福山通運事件
福山通運事件 事件の経緯
福山通運に雇用された従業員が、業務でトラックを運転していて、信号機のない交差点を右折するときに、自転車に乗って交差点に進入してきたAさんと接触して、Aさんは転倒、その後死亡しました。会社は、事業用の車両について、自動車保険契約等を締結していませんでした。
Aさんの相続人は長男と二男で、二男は、会社に対して、損害賠償を求める訴訟を提起しました。和解が成立して、会社は二男に約1300万円を支払いました。
長男は、従業員に対して、損害賠償を求める訴訟を提起しました。裁判所は約1500万円の請求を認めて、従業員はその額を(弁済供託によって)支払いました。
従業員が、交通事故の被害者に損害賠償金を支払ったけれども、会社に対する求償権があると主張して、求償金の支払を求めて会社を提訴しました。
福山通運事件 判決の概要
原審は、次のとおり判断して、従業員の請求を棄却した。
第三者に損害を加えた場合は、それが仕事中であっても、不法行為をした従業員が損害について賠償し、負担するべきである。
民法第715条第1項の規定は、被害者が従業員から損害賠償金を回収できない事態に備えて、会社に損害賠償を義務付けるものであって、従業員の会社に対する求償を認める根拠とはならない。
また、会社が被害者に対して、使用者責任に基づいて損害賠償をした場合に、会社の従業員に対する求償が制限されることはあるが、これは、信義則上、権利の行使が制限されるものにすぎない。
したがって、従業員は被害者に損害賠償金を支払ったとしても、会社に対して求償することはできない。
しかし、原審の判断は是認できない。その理由は次のとおりである。
民法第715条第1項が規定する使用者責任は、会社が従業員の活動によって利益を得ていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、従業員がその事業の執行に関して第三者に与えた損害を会社に賠償させることとしたものである。
このような使用者責任の趣旨から、会社は、その事業の執行によって損害を受けた第三者に対する損害賠償義務を負うだけではなく、従業員との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると考えられる。
また、会社が、第三者に対して使用者責任に基づいて損害賠償をした場合、会社は、その事業の性格、規模、施設の状況、従業員の業務内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての会社の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる範囲で、従業員に求償することができる。
この場合と従業員が被害者に損害賠償をした場合で、会社が負担するべき損害賠償の額が異なる結果となることは相当ではない。
以上によって、従業員が会社の事業の執行に関して第三者に損害を与え、その損害を賠償した場合、従業員は、諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から、相当と認められる額について、会社に対して求償することができる。
原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。そして、従業員が会社に対して求償できる額について、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
福山通運事件 解説
民法(第709条)によって、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定されています。
従業員が不法行為(故意又は過失)によって他人に損害を与えた場合は、従業員本人が被害者に損害賠償をしないといけません。
また、民法(第715条)によって、次のように規定されています。
- ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
- 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
- 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
使用者責任と呼ばれる規定で、従業員が業務に関して第三者に損害を与えたときは、会社が損害賠償責任を負うことが定められています。事業によって利益を得ているのは会社ですので、事業によって生じる危険についても会社が受け持つものとして、会社の責任で損害を賠償することになっています。
ただし、飲酒運転やスピード違反など、従業員に落ち度がある場合は、一旦、会社が被害者に損害賠償をした上で、従業員に対して求償権を行使して、損害賠償の一部又は全部を従業員に請求することが認められています。
この裁判のケースでは、従業員が被害者に損害賠償金を支払って、会社に請求していることから逆求償と呼ばれています。
そして、原審の大阪高等裁判所は、不法行為をした従業員が損害賠償を負担するべきで、民法第715条は、従業員が負担できない場合に備えて会社が負担することを定めた規定と解釈して、従業員が被害者に損害賠償金を支払った場合は、会社に負担するよう求める(逆求償をする)ことはできないと判断しました。
しかし、最高裁判所は、民法第715条の使用者責任の規定は、被害者保護だけではなく、会社と従業員との関係においても成立することを示して、諸事情を考慮して、従業員と会社のそれぞれの負担額を決定するべきであると判断しました。
また、会社が被害者に損害賠償金を支払って従業員に求償する場合、従業員が被害者に損害賠償金を支払って会社に(逆)求償する場合で、負担額が変わることは不合理であるとして、会社に対する逆求償権があることを認めました。
被害者が会社を訴えても、従業員を訴えても、それぞれの負担額・負担割合は同じになるということです。
そして、会社と従業員の負担額を決定する諸事情として、事業の性格、規模、施設の状況、従業員の業務内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度などが挙げられています。
損失の分散について、自動車保険に加入して対人無制限の任意保険の契約をしていれば、保険会社から被害者に損害賠償金が支払われますので、損害賠償の負担を免れることができます。
しかし、この会社では自動車保険の契約をしないで、社内で積み立てて運用する自家保険を採用していました。それが原因で従業員の負担額が増大することは不合理ですので、損害の公平な分担という見地から、従業員の負担割合を下げる(ゼロに近付く)方向に働くものと思われます。

