下関商業高校事件(退職勧奨)

下関商業高校事件 事件の経緯

昭和40年当時、一般職の公務員については定年制の定めがなく、県教育委員会では57歳を退職勧奨年齢として定めていました。

市立高校の教員が退職勧奨年齢に達したため、市教育委員会は教員に退職するよう勧奨しましたが、教員は応じませんでした。

退職勧奨には応じないと明言しているにもかかわらず、その後も、教員は市教育委員会に出頭するよう繰り返し命じられて、市教育委員会から3年にわたって退職勧奨をされました。

教員は不当に退職を強要されたと主張して、損害賠償の支払いを求めて、市教育委員会(下関市)を提訴しました。

下関商業高校事件 判決の概要

原審の判断は、是認することができる。

山口地裁下関支部(原審)

退職勧奨は、使用者(会社)が自由に行えるもので、労働者(従業員)はそれに応じないで拒否することができる。労働者(従業員)が退職しないと明言したとしても、そのことによって、その後は一切の退職勧奨が禁止されることにはならない。

退職勧奨の回数、期間、勧奨する者の人数等の限界を示すことはできないが、労働者(従業員)が拒否できるからといって、際限のない退職勧奨を許すと、実質的に退職を強要することになるから、そこには何らかの限界を設ける必要がある。

この点について検討すると、そもそも退職勧奨を受けるために出頭を命じるという職務命令は、許されるものではない。しかし、職務上の上下関係が継続する中で命じられたときは、労働者(従業員)が拒否することは困難で、不当な圧迫を受けることになる。したがって、そのような職務命令を発すること自体が、職務上の上下関係を利用した不当な退職勧奨と認められる。

労働者(従業員)が退職しないと明言したとしても、その後の退職勧奨は禁止されないが、労働者(従業員)の意思が確定しているにもかかわらず、退職勧奨を継続すると、労働者(従業員)は不当に決意を変更するよう強要される恐れがある。

退職する意思がないことを表明した場合は、新しい退職条件を提示する等の特段の事情がない限り、退職勧奨を中断して時期を改めるべきである。

また、退職勧奨の回数や期間の限界は、退職を求める事情の説明や退職条件(優遇措置等)の交渉の経過等によって変動するもので、一概には言えないけれども、要するに、そのような説明や交渉のために必要な限度に留めるべきである。

必要な説明や交渉が一通り終わったにもかかわらず、回数を重ねたり、長期にわたると、労働者(従業員)を追い詰めて、不当に退職を強要することになるから、違法性を判断する際の重要な要素となる。

更に、退職勧奨は家庭の状況にも影響することで、労働者(従業員)の名誉感情を害しないよう配慮するべきで、精神的な苦痛を与えるなど自由な意思決定を妨げるような言動は許されない。

その他、労働者(従業員)が希望する立会人を認めたかどうか、勧奨する者の人数、優遇措置の有無等を総合的に勘案して、全体として労働者(従業員)の自由な意思決定が妨げられる状況であったかどうかが、その退職勧奨が適法か違法かを判断する基準になる。

そして、本件の退職勧奨に照らし合わせると、教員は最初の退職勧奨から一貫して応じないことを表明していた。

市教育委員会による最初の退職勧奨は約2時間に及んでいて、市教育委員会が退職を求める理由は、この機会に説明されたと考えられる。

優遇措置が打ち切られた後は交渉を続ける意義がないにもかかわらず、その後も1年間に10回、教員に市教育委員会への出頭を命じた。退職勧奨をする者は1人から4人、1回につき短いときで20分、長いときは90分にも及び、明らかに許容される限界を越えている。

市教育委員会は、教員が要求する労働組合の役員の立会いを認めないで、終始高圧的な態度を取り続けた。

また、当時、労働組合が要求していた欠員の補充や宿直の廃止について、何ら関係がないにもかかわらず、教員が退職しない限り、受け付けない態度を示して、教員に心理的な圧迫を与えた。

退職勧奨は、例年は3月31日の年度内で打ち切られていたが、本件では4月1日以降も引き続き行われた。

市教育委員会は教員に加えて労働組合の役員にも、教員が退職するまでは勧奨を続けると繰り返し発言した。これは、教員に、際限なく退職勧奨が続くのではないかと不安感を与えて追い詰める言動で、許されることではない。

更に、以前、退職勧奨に応じなかった者に対して、市教育委員会への配置転換を内示したところ、退職したという前例があり、本件の教員にも市教育委員会への配置転換を示唆した。しかし、

これらの事情を総合すると、配置転換は市教育委員会にとって必要性がなく、退職させるための手段として画策したものと推測される。

市教育委員会は退職勧奨が必要であったと主張するが、その必要性については、教員の平均年齢が県立高校のそれより若干高いこと、新陳代謝を図る必要性があったことを主張するだけで、教員が在職することによる具体的な教育上の影響については何ら示していない。結局は、実質的な定年制を意図しているのではないかと推測される。

以上により、本件の退職勧奨は、労働者(教員)の自発的な退職の意思を形成する限度を越えて、心理的な圧力を与えて退職を強要したものと認められる。

下関商業高校事件 解説

使用者(教育委員会)が労働者(市立高校の教員)に対して、執拗に退職勧奨を行ったケースで、労働者(教員)が退職を強要されたと主張して、損害賠償の支払いを求めた裁判例です。

退職勧奨とは、会社(使用者)が従業員(労働者)に対して、退職するよう勧奨することです。退職勧奨は、解雇事由がなくても会社は自由に行えますが、従業員は拒否することができます。

あくまでも、従業員に退職することを“勧める”もので、会社は退職を強要することはできません。強要したと認められると、不法行為として損害賠償を支払わされます。

この裁判では、退職勧奨はどの程度までなら適法で、違法となる限界はどこにあるのかが争点になりました。

最終的には、従業員の自由な意思決定が妨げられる状況であったかどうかが基準になります。その判断をするために、いくつかの考え方が示されました。

  1. 退職勧奨の回数や期間は、事情の説明や交渉の経緯によって変動するもので、そのために必要な限度に留めるべきである。同じ話の繰り返しになる場合は、限度を超えていると判断される。
  2. 従業員が明確に退職を拒否したときは、会社から新しい優遇措置等の交渉材料を提示できなければ、退職勧奨は中断するべきである。
  3. 必要性がない配置転換や転勤を命じたり、示唆したりすることは許されない。
  4. 職務上の上下関係を利用して、不当に圧迫を与えるような業務を命じたり、退職勧奨と関係がない事項を交渉に持ち出したり、精神的に苦痛を与えるような言動をしたりすることは許されない。

通常は、割増しの退職金を支払うといった優遇措置を条件として、交渉を進めます。また、再就職支援サービスを受けられるようにしたり、年次有給休暇を買い取ったりするケースもあります。

自発的に退職してもらうための条件(優遇措置)を検討して、応じる可能性がなければ、退職勧奨は諦めた方が良いです。退職するまで勧奨を続けるという態度は違法です。

会社から「退職を強要されている」(=自由な意思決定が妨げられている)と感じなければ、普通は、従業員が裁判に訴えることはないでしょう。裁判に至るようなケースは、会社の主張が認められる可能性は低いです。