北海道国際航空事件

北海道国際航空事件 事件の経緯

会社は経営不振を理由として、課長以上の役職者の賃金を減額することを決定し、平成13年7月18日に、7月分から賃金を20%引き下げることを従業員に説明しました。

これに対して、月額70万円の賃金が支払われていた従業員(部長)が、7月1日(7月分の賃金計算期間の初日)に、さかのぼって賃金を減額することはできないと抗議しました。

7月分の賃金支払日である7月25日以降、従業員(部長)は異議を申し出ることなく、月額70万円から月額56万円に減額された賃金を受け取り続けました。

その後、会社は更に、平成13年12月分から賃金を約15%引き下げることを従業員に説明しました。

従業員(部長)は異議を申し出ることなく、12月分の賃金支払日である12月25日以降、月額56万円から月額47万9千円に減額された賃金を受け取り続けました。

しかし、従業員(部長)が平成14年8月に退職した後、これらの賃金の減額は無効であると主張して、平成13年7月分以降の賃金減額分の支払いを求めて会社を提訴しました。

なお、会社の就業規則(賃金規程)には、「月の途中において基本賃金を変更又は指定した場合は、当月分の基本賃金は新旧いずれか高額の基本賃金を支払う」という規定が設けられていました。

北海道国際航空事件 判決の概要

従業員が平成13年7月25日に減額された賃金を受け取り、異議を申し出ることなく、同年11月まで減額された賃金を受け取っていた事実から、同年7月25日に賃金の減額に対する同意の意思表示をしたと認められる。

この意思表示には、同月1日から24日までの既往の労働に対する賃金の20%を放棄する趣旨と、同月25日以降の賃金を20%減額することに同意する趣旨が含まれる。

この意思表示は、後者の同月25日以降の賃金の減額には効力があるが、前者の既往の労働に対する賃金の放棄には効力がない。

なぜなら、労働基準法第24条第1項に定める賃金の全額払いの原則に照らせば、既往の労働に対する賃金を放棄する意思表示の効力を肯定するには、従業員の自由な意思に基づいてされたことが明確でなければならない。

事実関係に照らせば、従業員の同意の意思表示は明確ではなく、従業員の自由な意思に基づいたものと認められる合理的な理由が客観的に存在しないから、既往の労働に対する賃金を放棄する意思表示としての効力を肯定することはできない。

したがって、従業員は、平成13年7月1日から同月24日までの賃金について、従前どおり月額70万円の割合でその支払を請求できる。

なお、改正後の賃金規程には、従業員の賃金を同月1日から20%減額する旨が定められているが、改正後の賃金規程が同月24日以前に効力を生じていた事実を示すものはない。

また、具体的に発生した賃金請求権を事後に変更された就業規則の遡及適用によって処分又は変更することは許されない。したがって、改正後の賃金規程に上記の規定があったとしても、結論に影響を及ぼすものではない。

また、賃金規程には、「月の途中において基本賃金を変更又は指定した場合は、当月分の基本賃金は新旧いずれか高額の基本賃金を支払う」という規定が設けられている。

賃金の減額は平成13年7月25日から効力が生じたから、この賃金規程(就業規則)の定めに基づくと、同月分の賃金については従前の高額の賃金を支払うことになる。

そして、従業員は同日以降の賃金の減額には同意しているが、労働契約法第12条において、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とされ、無効となった部分は、就業規則で定める基準によることとされている。

したがって、賃金規程(就業規則)により、従業員は7月分の賃金(7月1日から同月31日までの賃金)について、従前の高額の賃金(月額70万円)の支払を求めることができる。

北海道国際航空事件 解説

賃金の引下げが有効かどうか争われた裁判例です。

賃金支払日の7月25日に、従業員は異議を申し出ることなく、減額された賃金を受け取っていたことから、7月25日に、賃金の減額について同意の意思表示をしたと認めています。

ただし、この意思表示には、次の2つの趣旨が含まれます。

  1. 既往の労働に対する賃金の20%を放棄すること
  2. 将来の賃金を20%減額すること

裁判所は、「2.の将来の賃金の減額」は認めましたが、「1.の既往の労働に対する賃金の放棄」は、自由な意思に基づく明確な同意が必要であることを示しました。

このケースでは賃金の減額に関する説明があったときに、従業員はさかのぼって減額することに抗議していたことから、明確な同意はなかったものとして、1.の効力は認めませんでした。

また、この会社の賃金規程(就業規則)が特殊で、賃金計算期間の途中で賃金を変更したときは、高額の方を支払うという規定が設けられていました。

7月25日以降の賃金の減額は認めていたのですが、賃金規程(就業規則)に基づいて処理をすると、会社は、7月分は一切減額できずに変更前の賃金を満額支払うことになります。

また、労働契約法第12条では、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」と定められています。

就業規則(従業員に画一的に適用する内容)と労働契約(従業員と個別に約束した内容)が一致している場合は、問題になることはありません。それぞれ内容が異なっていて、

  1. 就業規則が労働契約の内容より、従業員にとって有利に定められている。
  2. 労働契約が就業規則の内容より、従業員にとって有利に定められている。

場合の取扱いが問題になります。

労働契約法第12条は「1.」の場合を定めていて、労働契約(従業員と個別に約束した内容)は無効になって、従業員にとって有利に定められている就業規則が適用されます。

一方、「2.」の場合は、労働契約(従業員と個別に約束した内容)が優先して適用されます。

結果的に、就業規則と労働契約の内容が異なっている場合は、いずれにしても、従業員にとって有利に定められている方が適用されます。

この裁判例でも、7月25日以降の賃金の減額については同意をしていたけれども、就業規則(賃金規程)で、賃金計算期間の途中で変更したときは高額の賃金を支払うと規定していましたので、7月分の賃金は有利に定められている就業規則が適用されることになりました。

最終的には、7月分は従前の高額の賃金を満額支払って、8月分以降の賃金については減額することを認めています。