日本郵便(雇止め)事件
日本郵便(雇止め)事件 事件の経緯
日本郵政公社が分割民営化され、その事業の一部が郵便事業株式会社(日本郵便株式会社)に承継されました。
日本郵政公社において非常勤職員として、期間の定めのある労働契約(有期労働契約)で勤務していた者は分割民営化に伴って退職し、改めて郵便事業株式会社において期間雇用社員として、有期労働契約を締結して勤務することになりました。
期間雇用社員の業務内容は、郵便物の集配、区分け作業等で、分割民営化される前とほぼ同じです。
新設された郵便事業株式会社は、「65歳に達した日以後における最初の雇用契約期間の満了の日が到来したときは、それ以後、雇用契約を更新しない」とする旨を定めた就業規則を制定しました。
日本郵政公社の非常勤職員に適用する関係法令や任用規程等には、このような上限条項がなかったため、上限条項は分割民営化から3年後に適用することにしました。その後、労働組合からの申し入れを受けて、上限条項の適用を更に6ヶ月延期することにしました。
なお、正社員が60歳になって定年退職後に再雇用されたときは、65歳になって最初の3月31日で退職することが就業規則で定められていました。
期間雇用社員の雇用期間は6ヶ月以内で、会社は雇用期間が満了する1ヶ月前に期間雇用社員に期間満了予告通知書を交付して、更新を希望する場合は申し出るよう求めていました。しかし、希望を明示しなくても、有期労働契約は更新されることがありました。
上限条項の適用開始時期になったため、会社は就業規則の上限条項を適用して、該当する期間雇用社員を雇止めしました。
これに対して、有期労働契約を6回から9回更新した複数の期間雇用社員が、雇止めは無効であると主張して、労働契約上の地位確認及び雇止め後の賃金の支払い等を求めて、会社を提訴しました。
日本郵便(雇止め)事件 判決の概要
従業員と会社が労働契約を締結する際に、会社が合理的な労働条件を定めている就業規則を従業員に周知していた場合は、就業規則で定めている労働条件は労働契約の内容になる(労働契約法 第7条)。
本件の上限条項は、屋外業務等に従事する高齢の期間雇用社員による事故等を懸念して定めたものであり、不合理ではない。また、会社の事業規模に照らして、加齢による影響の有無や程度を個別に検討して有期労働契約の更新の可否を判断することは難しく、一定の年齢に達した以後は契約を更新しないとする就業規則には相応の合理性がある。
また、高年齢者雇用安定法では、定年を定める場合は60歳を下回ることができないとした上で、65歳まで雇用を確保する措置を講じることを会社に義務付けているが、上限条項の内容は高年齢者雇用安定法に抵触するものではない。
なお、日本郵政公社の非常勤職員について、関係法令や任用規程等には一定の年齢に達した以後は任用しないとする規定はなく、65歳を超えて従事する非常勤職員が相当数存在していた。しかし、これらの事情をもって、日本郵政公社の非常勤職員が、日本郵政公社に対して、65歳を超えて任用される権利や法的利益を有していたとは言えない。
郵政民営化によって日本郵政公社の業務を承継することから、会社は日本郵政公社当時の労働条件に配慮して労働条件を決定するべきであったとしても、上限条項の適用開始を3年6ヶ月猶予し、会社は相応の配慮をしている。
これらの事情に照らせば、上限条項は労働契約法 第7条で規定している合理的な労働条件であると言える。
また、会社は郵政民営化法に基づいて設立されたもので、特殊法人である日本郵政公社とは法的性格が異なり、会社の期間雇用社員も、国家公務員である日本郵政公社の非常勤職員とは法的地位が異なる。
そうである以上、日本郵政公社の非常勤職員であった者が、会社と有期労働契約を締結することによって、日本郵政公社の労働条件がそのまま引き継がれることはない。つまり、会社が上限条項を定めたことは、日本郵政公社当時の労働条件を変更したものではない。
そして、就業規則は自由に閲覧できる状態に備え置かれており、上限条項を定めた就業規則は期間雇用社員に周知されていた。
上限条項を定めた就業規則(労働条件)は有期労働契約の内容になっており、雇止めの時点で65歳に達していたのであるから、有期労働契約は更新せずに、期間満了によって終了することが予定されていた。
これらの事情に照らせば、期間雇用社員と会社の有期労働契約は、雇止めの時点において、実質的に無期労働契約と同視し得る状態にあったとは言えない。
また、上限条項を定めた就業規則を従業員に周知し、上限条項の適用を受ける期間雇用社員には、上限条項により65歳以降は契約を更新しないことを説明する書面を交付していた。
そうすると、雇止めの時点において、有期労働契約の期間満了後も、その雇用関係が継続されると期待することに合理的な理由はない。
以上により、雇止めは適法であり、有期労働契約は期間満了によって終了したものとする。
日本郵便(雇止め)事件 解説
有期労働契約で勤務する従業員に、上限年齢を設定して、それ以後は更新しないことを会社が決定しました。それで、雇止めをして問題になった事例です。この裁判では、
- 特殊法人である日本郵政公社から、株式会社に事業を承継したもので、それぞれ法的な性格が異なること
- 国家公務員と民間企業の従業員では、法的な地位が異なること
から、労働条件は引き継がれない。つまり、就業規則の不利益変更(労働契約法 第10条)の問題ではなく、就業規則の合理性(労働契約法 第7条)の問題として捉えました。
そして、次の事情を考慮して、上限条項は労働契約法 第7条でいう合理的な労働条件であると判断しました。
- 屋外業務や機械操作等に従事する高齢者は事故が懸念されること
- 企業規模が大きいため、加齢による影響の有無や程度を個別に検討して、更新の可否を判断するのは難しいこと
- 高年齢者雇用安定法に抵触していないこと
- 上限条項の適用を3年6ヶ月猶予して、従業員に配慮していたこと
また、会社は次のような手続きをしており、就業規則は有効で、有期労働契約の更新を期待する合理的な理由はないと判断しました。
- 上限条項を定めた就業規則を適正に従業員に周知していたこと
- 65歳以降は契約を更新しないことを書面で通知していたこと
以上により、上限条項を定めた就業規則は有効で、雇止めは有効と判断しました。
この裁判例は、郵政民営化に伴って、特殊法人から株式会社に事業を承継したという事情があったことから、就業規則の合理性(労働契約法 第7条)が問題になりました。
この判決は特殊法人から株式会社に事業を承継した場合に限られると解釈すると、一般企業に当てはめることはできません。
なお、原審の東京高裁では、このような事情は考慮しないで、労働条件は引き継がれて、就業規則の不利益変更(労働契約法 第10条)の問題として捉えていました。
ただし、原審の東京高裁も、労働条件を変更する合理性を認めて、雇止めは有効と結論付けています。
どちらにしても、新しく上限条項を導入する場合は、次のようなことがポイントになると思われます。
- 上限条項を導入する合理的な理由があること
- 過半数代表者や労働組合と話し合うこと
- 上限年齢は65歳以上とすること
- 他の種類の従業員と比較して不公平でないこと
- 猶予期間を設けるなど、従業員に配慮すること
- 従業員に制度の説明をすること
- 就業規則を従業員に周知すること
- 更新しない従業員には事前に通知すること
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