山梨県民信用組合事件

山梨県民信用組合事件 事件の経緯

A信用組合は経営破綻を回避するために、Y信用組合に吸収合併されることになりました。

合併協議会において、A信用組合の職員の退職金について、支給基準を次のように変更することを決定しました。

  1. 退職金額を算出する基礎給与額を、「退職時の本俸の月額」から「退職時の本俸の月額の1/2」に半減すること
  2. 基礎給与額に乗じる支給倍数に、新しく上限を設定すること
  3. A信用組合の旧退職金規程(旧就業規則)では、退職金総額から厚生年金規約の加算年金(現価相当額)を控除して支給していた。このような方式は、Y信用組合では採用されていなかったけれども、この方式を維持すること
  4. A信用組合が加入していた企業年金保険の解約に伴って職員に還付される一時金についても、退職金総額から控除すること

A信用組合の常務理事から職員に対して、変更内容や変更後の退職金の計算方法について説明をし、同時点での変更後の退職金額を整理した一覧表を個別に提示しました。

また、支給基準の変更に関する同意書を持参しなければ合併を実現できないという説明があり、全ての職員が同意書に署名・押印をしました。

これを受けて、A信用組合の退職金規程(就業規則)を変更し、退職金の支給基準が大幅に引き下げられることになりました。合併が実現し、新退職金規程(新就業規則)が施行されました。

その後、職員が退職したのですが、退職金総額より控除額の方が高額になったため、退職金が支給されませんでした。

職員が、A信用組合の旧退職金規程(旧就業規則)の支給基準に基づいて、退職金の支払いを求めてY信用組合を提訴しました。

山梨県民信用組合事件 判決の概要

労働契約の内容である労働条件は、従業員と会社の個別の合意によって変更できる(労働契約法第8条)。

このことは、就業規則に定められている労働条件を、従業員にとって不利益に変更する場合であっても同じである(労働契約法第9条)。

ただし、労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合は、従業員が変更を受け入れる行為をしたとしても、従業員は会社の指揮命令に服すべき立場に置かれており、情報を収集する能力にも限界があることから、その行為をもって直ちに従業員が同意したと判断することはできない。

その変更に対する従業員の同意の有無は、慎重に判断されるべきである。

労働条件の不利益変更に関する従業員の同意の有無は、従業員が変更を受け入れる行為をしたかどうかだけではなく、

等に照らして、従業員が自由な意思に基づいて、不利益変更を受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかどうか、という観点からも判断されるべきである。

職員が同意するかどうか自ら検討し判断するために、必要十分な情報を与えられていたというためには、変更により生じる具体的な不利益の内容や程度、自己都合退職の場合は退職金が不支給となる可能性が高いことについても、情報提供や説明がされる必要があった。

退職金の支給基準の変更に対する職員の同意の有無について、このような事情に照らして、職員が自由な意思に基づいて、同意書に署名・押印をしたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかどうかという観点から審理を尽くされていない。

職員が退職金額の一覧表の提示を受けていたこと等から、署名・押印をもって職員が同意したとする原審の判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法がある。

山梨県民信用組合事件 解説

原審(東京高裁)は、職員が同意書に署名・押印したことによって、同意したものとして、不利益に変更した退職金規程(就業規則)を有効と判断したのですが、最高裁は上のとおり、同意の有無は慎重に判断されるべきであるとして、原審に差し戻しました。

その後の差戻し審では、職員の請求を認める判決を下しています。

労働契約法の第8条では、従業員と会社が合意すれば、労働条件を変更できることが定められています。

また、労働契約法の第9条では、従業員と会社による合意がなければ、就業規則を変更して、労働条件を不利益に変更できないことが定められています。反対から解釈すると、従業員と会社が合意すれば、就業規則を不利益に変更できるということです。

就業規則や労働条件を変更する場合は、従業員から同意を得るために、同意書に署名・押印をもらって処理をするケースが一般的です。

例えば、「基本給を1割カットする」という不利益変更であれば、従業員は変更の内容を完全に理解できますので、同意書に署名・押印をすれば、同意が得られたと判断しても差し支えないでしょう。

しかし、この裁判例では、退職金の支給額が半分になるという説明を受けていたけれども、年金部分を控除して退職金の支給額がゼロ円になるということまでは理解していなかったようです。

そのような場合は、同意書だけでは不十分で、会社は説明を尽くす必要があることを示しています。特に賃金や退職金など重要な労働条件に関することで、不利益変更の内容が複雑な場合は、注意をする必要があります。

そもそも従業員が勘違いをしていなければ、裁判に提訴されないはずですので、裁判に訴えられた時点で会社は難しい立場に置かれたことになります。従業員は不利益変更の内容を十分に理解していた、同意をする合理的な理由が客観的に存在していた、と会社が主張、立証することは困難です。

従業員が同意していなかったと判断されると、労働条件の変更は無効になります。結果的に、従来の取扱いを継続することになります。

当然ですが、従業員を騙すような形で同意書に署名や押印をもらっても意味がありません。