朝日火災海上保険事件(組合員でない従業員)

朝日火災海上保険事件(組合員でない従業員) 事件の経緯

A社で取り扱っていた業務をB社が引き継ぐことになったため、A社に在籍していた従業員はA社と労働契約を解約して、B社と労働契約を締結しました。

A社の就業規則及び労働協約には、定年年齢は63歳と規定されていました。B社でも就業規則及び労働協約を定めていましたが、定年年齢は55歳と規定するなど、労働条件に相違がありました。

労働条件を統一するために、B社と労働組合は交渉を重ねて、労働時間、退職金、賃金制度等の労働条件については合意に至りましたが、定年年齢の統一については合意に至りませんでした。

A社出身の従業員の労働条件について、合意に至らなかった部分はA社の規定のままとして、数年が経過し、その間にB社の経営状況が悪化しました。

経営状況を改善するために、定年年齢の統一及び退職金支給率の変更について、B社は労働組合と交渉を重ねた結果、経過措置を設けた上で、主に次の内容で合意しました。

B社は労働組合と労働協約を締結して、就業規則を改定しました。なお、B社では従業員の4分の3以上を組合員が占めていました。

改定日の時点で既に57歳に達していて、組合員でない従業員がいました。そして、変更前の基準で退職金額を計算すると約2000万円でしたが、変更後は約1850万円に減額されることになりました。

これに対して、組合員でない従業員が、労働協約の効力は及ばない、また、就業規則(退職金規程)の変更は無効であると主張して、変更前の基準で退職金を支払うよう求めて、B社を提訴しました。

朝日火災海上保険事件(組合員でない従業員) 判決の概要

労働組合法第17条によって、事業場の4分の3以上の労働者が労働協約の適用を受ける場合は、その事業場の組合員でない他の従業員にも労働協約が適用されることが定められている。

この規定は、労働協約の労働条件の一部が、他の従業員の労働条件を不利益に変更する場合であっても、そのことだけで不利益部分の効力が他の従業員に及ばないと考えるのは、相当ではない。

なぜなら、この規定は、労働協約の規範的効力が他の従業員に及ぶ範囲について限定していないし、労働協約を締結する際は、総合的に労働条件を定めるのが通常であるから、一概に有利・不利とは言えないからである。

また、この規定の趣旨は、事業場の4分の3以上の労働者に適用される労働協約によって、その事業場の労働条件を統一して、労働組合の団結権の維持強化と公正妥当な労働条件の実現を図ることにある。

この趣旨に照らしても、他の従業員の労働条件が一部有利なことを理由にして、労働協約の規範的効力が及ばないと考えるのは、相当ではない。

しかし、組合員でない従業員は労働組合の意思決定に関与する立場になく、また、労働組合は組合員でない従業員の労働条件を改善したり、その他の利益を擁護するために活動する立場にない。

労働協約によって組合員でない従業員が受ける不利益の程度や内容、労働協約が締結された経緯、組合員になれる資格があるかどうか等に照らして、その労働協約を組合員でない従業員に適用することは不合理であると認められる場合に限り、労働協約の規範的効力が及ばないと考えられる。

本件の労働協約は、労働組合法第17条の要件を満たすものとして、原則としては、組合員でない従業員にも適用される。

そして、労働協約が締結されるまでの経緯を見ると、労働条件を統一することが会社の長年の懸案事項であって、また、退職金制度については、変更前の退職金規程(就業規則)の基準で退職金を支払い続けると会社の経営が悪化し、これを回避するためには、退職金の支給率を変更する必要があった。

このような事情から、労働組合が組合員の雇用の安定を図り、全体として均衡の取れた労働条件を獲得するために、労働条件の一部を不利益に変更する労働協約を締結したことには、それなりの合理的な理由があったと言える。

したがって、本件の労働協約の一部の有利・不利だけで、従業員に対する不利益部分の適用を全面的に否定することはできない。

しかし、本件の労働協約の効力が生じた時点で既に57歳に達していた従業員に適用すると、労働協約が効力を生じた日に、既に定年に達したものとして会社を退職した上に、退職金額が変更前の退職金規程(就業規則)によって算出した金額より減額され、大きな不利益だけを受けることが明らかである。

それにもかかわらず、労働協約を適用して、変更前の退職金規程(就業規則)に従って算出した退職金額(約2000万円)から減額することは、従業員が取得した退職金の請求権を、その意思に反して、労働組合が処分することになる。

更に、従業員は、労働協約によって、組合員の範囲から除外されていた。

以上により、労働協約が締結されるまでの経緯を考慮しても、従業員の退職金額を減額するという不利益を甘受させることは不合理であって、労働協約の効力は及ばない。

なお、労働協約では、労働者の不利益を補てんするために、代償金を支払うことになっているが、定年年齢の引下げによって、従業員の退職時期は6年も早まり、定年後の再雇用の余地が残されているものの、給与は従来より大きく減額されるものであった。

労働協約で合意した程度の代償金では、定年年齢の引下げによって従業員が受ける経済的な不利益を補うことはできない。代償金を支払ったとしても、不利益を甘受させることはできない。

一方、労働条件を不利益に変更する就業規則については、その変更の必要性及び内容の両面から見て、それによって従業員が受ける不利益の程度を考慮して、合理性がある場合に限り、就業規則の変更の効力を認めることができる。

これを本件に照らし合わせると、変更前の退職金規程(就業規則)の基準で退職金を支払い続けると、経営が悪化することが明らかで、これを回避するために、会社が退職金の支給率を引き下げたこと自体には必要性があったと認められる。

しかし、退職金規程の変更と同時に、就業規則を変更して定年年齢を引き下げた結果、その効力が生じた時点で既に定年に達したとして、退職することになる従業員の退職金額を、変更前の約2000万円から減額することについては、合理性は認められない。

したがって、従業員に対して支払われるべき退職金額を減額するという変更後の退職金規程(就業規則)は無効である。

朝日火災海上保険事件(組合員でない従業員) 解説

会社と労働組合が合意して労働協約を締結したときに、組合員でない従業員に対して、不利益が及ぶことになる労働協約を適用できるかどうか、争われた裁判例です。

労働組合法第17条によって、次のように規定されています。

一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする。

要約すると、会社で4分の3以上の従業員が(1つの)労働組合に加入している場合は、組合員でない他の従業員にも労働協約が適用されます。

労働組合法第17条の趣旨として、裁判所は、(1)労働条件を統一すること、(2)労働組合の団結権の維持強化を図ること、(3)公正妥当な労働条件の実現を図ること、を挙げています。

また、会社と労働組合が労働条件の交渉をするときは、労使双方が譲歩しながら合意に至りますので、有利になる部分と不利になる部分があって、一概に有利・不利とは言えない場合が多いです。

このようなことから、組合員でない従業員に対して、一部に不利益が及ぶとしても、原則的には、労働協約が適用されることを示しました。

ただし、次のような事項を考慮して、組合員でない従業員に労働協約を適用することに合理性がない場合は、労働協約は適用されないことを示しました。

経営が悪化したため、会社は労働組合と交渉して労働協約を締結した上で、定年年齢を引き下げて、退職金を減額しました。

既に定年年齢に達している従業員については、退職金が約2000万円から約1850万円に減額して、賃金も減額することになりました。

裁判所もそのように変更する必要性があったことは認めましたが、このような取扱いは従業員に著しい不利益だけを与えるもので、不合理であるとして、労働協約の効力は及ばないと判断しました。

また、就業規則(退職金規程)の不利益変更についても、その変更の必要性や従業員が受ける不利益の程度等を考慮して、合理性がある場合に限り、就業規則の変更は有効になることを示しました。

従業員が受ける不利益の程度が大きいことから、就業規則(退職金規程)の不利益変更についても、無効であると判断しました。

若い従業員については、将来の雇用が確保されたり、退職金額が確定していなかったり、合理性が認められる余地がありますが、既に定年年齢に達した従業員については、不利益しかなくて、合理性は認められませんでした。

この会社では不利益を緩和するために代償金を支払っていましたが、不十分と判断されました。不利益だけを与えて、その損害額が具体的に確定している従業員については、満額に近い代償金を支払うことも検討するべきでしょう。

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