第一小型ハイヤー事件
第一小型ハイヤー事件 事件の経緯
タクシー会社の乗務員(従業員)に支給する歩合給は、就業規則(賃金規程)において、賃金計算期間内の運賃収入から一定額(足切額)を控除した額に、一定の支給率を乗じて算出することになっていました。
就業規則(賃金規程)には、運賃収入から控除する額(足切額)や支給率の記載がありませんでしたが、実際には、控除する額(足切額)は27万円、支給率は35%で計算していました。
その後、タクシー運賃の値上げが認可されたので、会社は歩合給の計算方法を変更するために、A労働組合と団体交渉を行ったのですが、合意に至りませんでした。
また、会社はB労働組合と団体交渉を行い、控除額(足切額)を29万円、支給率を33%に変更することで合意し、労働協約を締結しました。
会社は就業規則に新しい控除額(足切額)と支給率を記載して、労働基準監督署に就業規則の変更の届出を行いました。
会社は、合意が得られていないA労働組合に所属する乗務員(従業員)にも、新しい控除額(足切額)と支給率で計算して歩合給を支払いました。
これに対して、A労働組合の乗務員(従業員)が、計算方法の変更によって減額された歩合給の差額の支払いを求めて、会社を提訴しました。
第一小型ハイヤー事件 判決の概要
就業規則を作成又は変更して、既得の権利を奪い、従業員に不利益な労働条件を一方的に押し付けることは、原則として許されない。
しかし、就業規則は統一的かつ画一的に労働条件を定める必要性があることから、個々の従業員が同意しないとしても、就業規則の条項が合理的であれば、適用することができる。
そして、就業規則を変更(又は作成)することによって従業員が受ける不利益を考慮しても、就業規則を変更(又は作成)する必要性及びその内容の両面から見て合理性があると認められる場合は、就業規則の条項が合理的であると言える。
まずは、就業規則の変更の必要性について検討する。
乗務員(従業員)の歩合給は、乗務員の運賃収入を基準として計算しているため、タクシー運賃の改定により大きく変動する。歩合給の計算方法は、その当時のタクシー運賃を前提にして合意したものである。
タクシー運賃を値上げして、歩合給の計算方法を見直さなければ、会社の利益が侵害される恐れがある。現に札幌市のハイヤー・タクシー業界では、過去に運賃を値上げしたときは、速やかに歩合給の計算方法を変更していた。
そうすると、タクシー運賃の値上げによって、従来の歩合給の計算方法が自動的に失効することはないとしても、タクシー運賃の値上げ後は、労使双方が速やかに値上げ後の運賃を前提として、歩合給の計算方法について協議をすることが予定されていた。
本件においては、会社とB労働組合との間では新しい計算方法による合意が成立し、A労働組合との間では団体交渉が不調に終わっている。
歩合給の計算方法は、個々の乗務員のものではなく、乗務員全体に共通するものであるから、就業規則によって統一的かつ画一的に定めるのが適当である。
以上を総合すると、就業規則の変更の必要性は認められる。
次に、就業規則の変更の内容の合理性について検討する。
新しい計算方法に基づいて支給した乗務員の賃金が、全体として従前より減少していれば、タクシー運賃の改定を契機に会社が一方的に賃金を切り下げたことになるので、就業規則の変更の内容の合理性は容易には認められない。
一方、従前より減少していなければ、従業員の利益を適正に反映しているものである限り、合理性は認められる。
したがって、本件においては、まず、新しい計算方法に基づいて支給した賃金額と、従前の計算方法に基づいて支給していた賃金額を比較し、前者が後者より全体として減少していないかを確定する必要がある。
そして、減少していない場合は、それが変更後の労働強化によるものではないか、足切額の増加と支給率の減少が過去に計算方法を変更したケースと比較して大幅に労働条件を低下するもので従業員に不測の損害が及ぶか、も確認するべきである。
この他、新しい計算方法が従業員の利益を適正に反映しているかどうかを確認するために、会社が新しい計算方法として設定した控除額(足切額)と支給率の根拠、会社とB労働組合の団体交渉の経緯、更に、新しい計算方法はB労働組合との団体交渉により決定されたものであるから、労使双方の利益が調整された内容であると推測されるが、A労働組合との関係ではこのような推測が成り立たない事情があるかどうかも確定する必要がある。
第一小型ハイヤー事件 解説
タクシー運賃の値上げが認可されたことに伴って、会社が乗務員の歩合給の計算方法を変更して、トラブルになった裁判例です。就業規則の不利益変更が有効か無効か争われました。
乗務員の歩合給は、運賃収入から一定額(足切額)を控除した額に、一定の支給率を乗じて算出することになっていましたので、タクシー運賃の値上げによって支給額が大きく変動します。
会社は足切額を増加、支給率を減少して、一方的に就業規則(賃金規程)を不利益に変更しました。
会社が一方的に就業規則を不利益に変更することは、原則的には認められないけれども、変更の必要性と変更内容の合理性の2点を満たしている場合は、就業規則の不利益変更が認められることを示しました。
歩合給の計算方法はその合意をした当時のタクシー運賃を前提にしていたこと、計算方法を変更しなければ会社の利益が減少する恐れがあることから、就業規則の変更の必要性を認めました。
また、就業規則の変更内容の合理性については、新しい計算方法(足切額と支給率)で支給した賃金の総額(乗務員全体の賃金総額)が変更前より減少している場合は認めにくいとしました。
反対に、乗務員全体の賃金総額が変更前より減少していなくて、他に特別な事情がなければ、乗務員の利益も反映しているものとして、就業規則の変更内容の合理性は認められるとしました。
この裁判では、変更前後の従業員全体の賃金総額が減少したかどうかがポイントになることを示しました。分かりやすい基準です。つまり、賃金総額の減額を目的とする場合は認められにくくなります。
それぞれの会社で様々な手当を支給していると思います。皆勤手当や資格手当など、その当時は必要だったけれども、今は必要性が低下して廃止や見直しをしたい手当があるかもしれません。
従業員全体の賃金総額が減少していなければ、経営上の判断として尊重される傾向がありますので、就業規則の変更の必要性も認められる可能性が高いと思います。
また、従業員全体の賃金総額を維持する場合、賃金が下がった個々の従業員については、半年間や1年間は猶予期間を設けて、その間に昇給のチャンスを与えるようにすれば配慮をしているものとして、より認められやすくなります。
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