帝国臓器製薬事件(単身赴任)

帝国臓器製薬事件 事件の経緯

会社は、本社及び工場の他に、営業所を8箇所、出張所を3箇所設置していました。会社は、東京営業所で15年間勤務していた従業員に対して、名古屋営業所に転勤するよう命じました。

労働契約書には、「業務の都合により勤務又は配置転換もしくは職種の変更をすることができる」と規定されていました。

また、就業規則には、「必要があるときは、従業員に対し出張・転勤・出向・留学及び駐在を命ずることができる」、「前項の場合従業員に正当な理由がないときは、これを拒むことはできない」と規定されていました。

従業員には同じ会社で勤務している妻がいたのですが、妻は勤務を続けることを希望したため、転勤命令によって、従業員は単身赴任をして、妻と3人の子供と別居を強いられることになりました。

これに対して従業員は、会社が行った転勤命令は無効であると主張して、その確認と単身赴任を強いられたことによる損害賠償の支払いを求めて、会社を提訴しました。

帝国臓器製薬事件 判決の概要

東京営業所から名古屋営業所への転勤命令は、業務上の必要性に基づくもので、不当な動機や目的はなく、従業員の受ける経済的、社会的、精神的な不利益が社会通念上受け入れるべき程度を著しく超えるものではないことから、有効とした原審の判断は、正当として是認することができる。

東京高裁(原審)

従業員は、会社が行った転勤命令は、単身赴任を強いて、子供の養育を困難にするもので、基本的人権である「家族生活を営む権利」を侵害し、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」の趣旨に反するものであるから、公序良俗に違反すると主張する。

しかし、従業員の主張は、次のとおり採用できない。

1.会社は長年にわたって、人材育成と人的組織の有効活用の観点から、人事異動を実施していた。従業員は入社して15年間都内の営業を担当して、同僚の中でも担当期間が相当長かったことから、特別な事情もなく、当人のみを異動の対象から除外することは、かえって公平を欠くことになる。

2.転勤命令によって従業員が受ける経済的、社会的、精神的な不利益は、社会通念上受け入れるべき範囲内のものと言える。

3.転勤先の名古屋と東京間は、新幹線を利用すれば、約2時間で行ける距離で、子供の養育等の必要性に応じて協力することが不可能になったり、著しく困難になったりすることはない。

4.会社は、支給基準を満たしていないにもかかわらず、別居手当や赴任後1年間は住宅手当を支給する等の措置を講じていた。

これらの事情を考慮すると、転勤命令によって、従業員が単身赴任を強いられたからといって、公序良俗に違反するとは言えない。

なお、従業員は、労働契約及び就業規則が、従業員の「家族生活を営む権利」等を侵害するものであるから、労働契約及び就業規則自体が公序良俗に違反し、無効であると主張する。しかし、前記のとおり、転勤命令は公序良俗に違反するとは言えないから、この主張は採用できない。

また、従業員は、労働契約及び就業規則の効力を限定的に解釈するべきであると主張するが、家族生活を優先するべきという考え方が社会的に定着しているとは言えない現状においては、この主張も採用できない。

本件の転勤命令には、業務上の必要性があり、従業員にはこれを拒否するための正当な理由がない。また、転勤命令を違法とする従業員の主張はいずれも理由がないから、会社が行った転勤命令は有効である。

帝国臓器製薬事件(単身赴任) 解説

会社が行った転勤命令によって、単身赴任を強いられたことを理由にして、従業員が転勤命令を拒否できるかどうか争われた裁判例です。

配置転換(転勤)については、就業規則に配置転換(転勤)を行うことを規定していれば、それが契約内容になりますので、原則的には、本人から改めて同意を得る必要はなく、会社の裁量によって一方的に命じることが認められています。

ただし、次のいずれかに該当する場合は、権利を濫用したものとして無効になります。

この会社では、人材の育成や組織の活性化を目的として、定期的に人事異動(ジョブローテーション)を行っていて、今回の転勤命令もその一環で行われたことから、業務上の必要性は認められました。

また、特定の従業員に対する嫌がらせや排除を目的として転勤を命じた場合は無効になりますが、この従業員については、15年間も同じ地域を担当していたことから(同僚の中で最長)、人選にも合理性があると認められました。

ポイントは、単身赴任によって、従業員が受ける経済的、社会的、精神的な不利益の程度が、著しい不利益と言えるかどうかです。裁判所は、

以上のことから、従業員に及ぶ不利益は、受け入れるべき範囲内であると判断しました。したがって、会社が行った転勤命令は有効という結論になりました。

この最高裁判決が下されたのは1999年(平成11年)で、「家族生活を優先すべきであるとする考え方が社会的に成熟しているとはいえない現状においては」と判示していました。

しかし、近年は、ワーク・ライフ・バランスや社会的責任、ダイバーシティ等が注目されていることから、家族生活を優先するべきという方向に変わってきています。

これまでは、単身赴任による不利益は受け入れるべき範囲内として、他に家族を介護できる者がいないなど、特別な事情がない限り、単身赴任を理由として配転命令を無効とする裁判例は出ていませんが、今後は覆る可能性はゼロではありません。

そのようなこともあって、全国展開している会社では、「勤務地域を限定する」、「勤務地域を限定しない(全国転勤を受け入れる)」のいずれかを、事前に従業員に申告してもらうケースが増えています。無用のトラブルを防止できますので、望ましい方法です。

なお、2008年(平成20年)に制定・施行された労働契約法(第3条第3項)では、「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。」と規定されています。勤務地の変更(転勤)は、労働契約の変更に当たりますので、その際は、仕事と生活の調和に配慮することが求められます。

また、2002年(平成14年)に改正・施行された育児介護休業法(第26条)では、「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」と規定されています。

求められる配慮の内容は、個々の従業員(子の養育や家族の介護の状況)によって異なりますので、本人と十分に話し合って個別に対応することになります。なお、この配慮の対象となる子には、小学生や中学生も含まれます。

不利益を緩和するための一般的な措置としては、住宅手当や別居手当を支給する、借り上げ住宅を用意する、帰省に要する交通費を支給する、転勤先の保育所等を紹介する、配偶者の転職を世話する等があります。

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