ケンウッド事件(異動)

ケンウッド事件 事件の経緯

事業所のある部門で人員を増員する必要が生じたため、事業所内の人員を異動(配置転換)して対応したのですが、それだけでは不足を補うことができませんでした。

会社は他の事業所(本社)にも範囲を広げて、製造現場の経験者で、かつ、目視の検査業務を行うことから40歳未満の者という基準を設けて、該当者を選定したところ、製造現場を約7年間経験した34歳の従業員が当てはまりました。

就業規則には、「会社は、業務上必要あるとき従業員に異動を命ずる。なお、異動には転勤を伴う場合がある。」という定めがあり、この規定に基づいて、会社は従業員に異動を命じました。

従業員は子を保育園に預けていて、異動(転勤)に応じると通勤時間が片道で約1時間長くなり、保育園の送迎に支障が生じることから、会社の苦情処理委員会に苦情を申し立てたのですが、苦情処理委員会は申立てを棄却しました。

従業員は異動命令に従わず、出勤しませんでした。会社は従業員と話し合って勤務時間や保育問題について配慮したいと考えていたのですが、従業員は異動(転勤)を拒否する態度を貫き、話合いに応じないまま欠勤を続けました。

会社は就業規則の懲戒規定に基づいて、1ヶ月間の停職としましたが、停職期間満了後も出勤しなかったので、従業員を懲戒解雇しました。

これに対して、従業員が異動(転勤)命令の無効及び懲戒解雇の無効を主張して、会社を提訴しました。

ケンウッド事件 判決の概要

会社は、個別的な同意がなくても、従業員に転勤を命じる権限がある。

ただし、転勤命令権を濫用することは許されない。次のような特段の事情がある場合は、転勤命令権を濫用したものと考えられる。

  1. 業務上の必要性がない場合
  2. 不当な動機や目的があったとき
  3. 従業員に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるとき

本件の場合は、従業員の補充を早急に行う必要があり、製造現場の経験がある40歳未満の者という人選基準を設けて選定した上で、従業員に異動を命じた。

この異動命令には業務上の必要性があり、不当な動機や目的は認められない。また、異動によって従業員が負う不利益は小さくはないが、通常甘受すべき程度を著しく超えるものではない。

他に特段の事情がないことから、異動命令は権利の濫用には当たらない。したがって、異動命令に従わなかったことを理由として行った懲戒処分は有効である。

ケンウッド事件 解説

会社が行った異動(転勤)命令が有効かどうか、異動(転勤)命令を拒否したことを理由として行った懲戒解雇が有効かどうか、争われた裁判例です。

会社は従業員を解雇することが困難な代わりに、異動(配置転換や転勤)については、会社の裁量が広く認められています。どちらも認められないとすると、がんじがらめになって会社は組織運営ができません。

ただし、判決にもあるように、業務上の必要性がない場合は、異動(転勤)の命令権を濫用したものとして、無効になります。業務上の必要性があっても、不当な動機や目的がある場合、従業員に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合も無効になります。

また、採用時に配置転換や転勤がないことを個別に約束していた場合は、個別に約束していた内容(労働契約)が優先されますので、会社が一方的に配置転換や転勤を命じることはできません。

業務上の必要性の有無、不当な動機や目的の有無は、比較的判定しやすいです。この裁判では、業務上の必要性はあった、不当な動機や目的はなかった、と判断しました。

しかし、「従業員に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる」ものかどうかは程度の問題ですので、事前に予測することは難しいです。

このケースでは、異動に応じると通勤時間が前より約1時間長くなり、子の送迎に支障が生じることが予想されていました。判決では、従業員が負う不利益は小さくはないが、通常甘受すべき程度を著しく超えるものではないと判断しました。

従業員は自らの判断で転居しないことを選びましたが、判決の補足意見では、転居をする選択も考えられ、転居をすれば不利益を軽減できたことが指摘されています。このような事情も考慮されたのではないかと思います。

このトラブルが生じたのは、昭和62年です。現在はワークライフバランスが重視されていますので、当時と比べて、「従業員に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる」のハードルは下がっていると思われます。会社としては、“著しく”は外して考えておいた方が無難です。

法律もそのように改正されていて、育児介護休業法(第26条)には、平成13年に次の規定が追加されています。

「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」

要するに、会社が育児や介護をする従業員に転勤を命じる場合は、その状況に配慮することが義務付けられています。

更に、労働契約法(第3条第3項)には、「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」という規定が設けられています。

こちらの会社は配慮をするために話合いの機会を設けようとしていましたが、従業員は話合いを拒否しました。従業員が話合いを拒否すれば、会社が配慮することは不可能です。従業員も話合いには応じるべきで、応じないと従業員にとって不利な判定を下される恐れがあります。

労働契約法には出向に関する規定はありますが、異動(配置転換や転勤)に関する規定はありません。会社に命じる権利はあるけれども、濫用した場合は無効になるという考え方は同じです。