東亜ペイント事件(配置転換)
東亜ペイント事件 事件の経緯
大学を卒業した者が、全国13ヶ所に営業所を置く会社に入社し、営業部に配属されました。
それから数年後、会社から従業員に他の地域への転勤を内示したのですが、従業員は家庭の事情を理由にして転居を伴う転勤には応じられないと、転勤を拒否しました。
会社は転勤に応じるよう説得を重ねたのですが、従業員が同意しないまま、転勤命令を発令しました。しかし、従業員は転勤命令に従わず、赴任しませんでした。
会社は、転勤命令を拒否したことは就業規則の懲戒事由に該当するとして、従業員を懲戒解雇しました。これに対して従業員が、解雇の無効を主張して、会社を提訴しました。
東亜ペイント事件 判決の概要
会社の就業規則には、業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の規定があり、現に会社では、全国に営業所を置き、特に営業担当者の転勤は頻繁に行っていた。
従業員は営業担当者として会社に入社したが、労働契約が成立した際は、勤務地を限定する旨の合意はなかった。したがって、会社は個別に同意を得なくても、従業員の勤務地を決定し、転勤を命じることができる。
しかし、転居を伴う転勤は、従業員の生活に影響を与えるから、会社の転勤命令は無制約に行使できるものではなく、濫用することは許されない。
具体的には、転勤命令に業務上の必要性がないとき、業務上の必要性があっても転勤命令が他の不当な動機や目的をもって行われたたとき、従業員に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるとき、といった特別な事情があれば、権利を濫用したと考えられる。
また、業務上の必要性については、転勤が余人をもって替え難いといった高度の必要性がなくても、労働力の適正配置、業務の能率増進、従業員の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など、企業の合理的な運営に寄与する点が認められれば、業務上の必要性は肯定される。
本件では、後任として適当な別の者を転勤させていたので、転勤命令には業務上の必要性があったと認められる。
そして、従業員の家族の状況に照らすと、転勤が従業員に与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものである。したがって、会社が行った転勤命令は、権利の濫用に当たらない。
東亜ペイント事件 解説
就業規則に、「会社は従業員に配置転換を命じることがある」といった規定があれば、会社は一方的に配置転換を命じることができます。ただし、次のような事情がある場合は、権利の濫用となることが示されました。
- 業務上の必要性がない場合
- 業務上の必要性があっても他の不法な動機や目的があって行われた場合
- 従業員に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合
このような場合は、配置転換を命じても無効と判断されます。そのため、配置転換を拒否したことを理由として行った懲戒処分や解雇も、当然、無効になります。
なお、この最高裁の判決は、昭和61年に出されたものです。当時は、サラリーマンの夫と専業主婦の妻という家族構成が一般的で、単身赴任は日常的に行われていました。また、ワークライフバランスと言う言葉もなく、今ほど出産や育児、介護に関する保護が図られていませんでした。
このような状況から、当時と比べると今は多少、従業員は配置転換を拒否しやすくなっていると考えられます。会社が転居を伴う配置転換をしようとするときは、あらかじめ本人の意向や家族の状況を確認して、従業員の私生活に配慮することが求められます。
現在の労働契約法では定められていませんが、育児介護休業法では、会社が配置転換をしようとするときに、それによって子の養育又は家族の介護が困難となる従業員がいる場合は、その従業員の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならないことが定められています。
また、最近は、地域限定社員という制度を設ける会社が増えています。地域限定の適用を受けない社員は、転勤を受け入れる意思を表していることになりますので、トラブルを予防できます。
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