長澤運輸事件

長澤運輸事件 事件の経緯

運送業を営む会社に正社員として(期間を定めないで)雇用され、セメントのタンクローリーの乗務員として勤務していました。

正社員の賃金は、就業規則(賃金規程)で次のように定められていました。

  1. 基本給
  2. 能率給(職種と稼働額に応じて決定)
  3. 職務給(職種に応じて決定)
  4. 精勤手当
  5. 無事故手当
  6. 住宅手当
  7. 家族手当
  8. 役付手当、
  9. 通勤手当
  10. 賞与

そして、60歳になって会社を定年退職した後に、引き続き嘱託社員として期間を定めて再雇用され、同様にタンクローリーの乗務員として勤務していました。

嘱託社員の賃金は、嘱託社員就業規則(賃金規程)で次のように定められていました。

  1. 基本賃金
  2. 歩合給(職種と稼働額に応じて決定)
  3. 無事故手当
  4. 調整給(老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまで支給)
  5. 通勤手当

これにより、嘱託社員の賃金(年収)は、定年退職前の賃金の約79%になりました。

嘱託社員が、このような労働条件の相違は不合理で、労働契約法の第20条に違反していると主張して、正社員の賃金との差額の支払いを求めて会社を提訴しました。

長澤運輸事件 判決の概要

労働契約法第20条は、雇用契約の期間の定めの有無によって労働条件が相違する場合は、業務の内容、責任の程度、配置の変更の範囲、その他の事情を考慮して、不合理であってはならない旨を定めている。

嘱託社員と正社員は、その業務の内容、責任の程度、配置の変更の範囲に違いはない。しかし、従業員の賃金は、業務の内容、責任の程度、配置の変更の範囲によって一義的に決まるものではなく、経営判断の観点から、会社が様々な事情を考慮して決定するものである。

労働契約法第20条は、労働条件の相違が不合理かどうかを判断する際に考慮する事情として、「その他の事情」を挙げていることから、「業務の内容、責任の程度、配置の変更の範囲」に限定されるものではない。

正社員の賃金は通常、定年退職するまで長期間雇用することを前提にして定める。これに対して、定年退職者を再雇用する場合は通常、長期間雇用することは予定していない。

また、嘱託社員は、定年退職するまでは正社員として賃金の支給を受けてきており、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。

そうすると、定年退職後に再雇用された者であることは、「その他の事情」として考慮する事情に当たると考えられる。

また、労働条件(賃金)の相違が不合理かどうかを判断する際は、両者の賃金の総額を比較するだけではなく、賃金の趣旨を個別に考慮するべきである。

能率給、職務給

嘱託社員の基本賃金の額は、正社員の基本給の額を上回っており、嘱託社員の歩合給の係数は、正社員の能率給の係数の2〜3倍に設定している。

また、嘱託社員に支給する基本賃金と歩合給の合計金額と、正社員に支給する基本給と能率給と職務給の合計金額を比較すると、嘱託社員の方が少ないが、その差は10%程度である。

これらの事情を総合考慮すると、嘱託社員に歩合給を支給して、能率給と職務給を支給しないという労働条件の相違は、不合理とは認められない。

精勤手当

精勤手当は、従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給するものである。嘱託社員と正社員の職務の内容が同一である以上、両者の間で皆勤を奨励する必要性に相違はない。

したがって、嘱託社員に精勤手当を支給しないという労働条件の相違は、不合理と認められる。

住宅手当、家族手当

住宅手当は従業員の住宅費を補助するために、家族手当は従業員の扶養家族の生活費を補助するために支給するものである。いずれも従業員の提供する労務を金銭的に評価して支給するものではなく、福利厚生や生活保障を目的として支給するものである。

正社員は幅広い世代の者が存在し、住宅費や扶養家族の生活費を補助することには相応の理由がある。一方、嘱託社員は正社員として勤続した後に定年退職した者であり、老齢厚生年金の支給を受けることが予定され、その報酬比例部分の支給が開始されるまでは会社から調整給が支給される。

これらの事情を総合考慮すると、嘱託社員に住宅手当と家族手当を支給しないという労働条件の相違は、不合理とは認められない。

役付手当

役付手当は、正社員の中から指定された役付者に支給するものである。したがって、嘱託社員に役付手当を支給しないという労働条件の相違は、不合理とは認められない。

賞与

賞与は、労務の対価の後払い、功労報償、生活費の補助、従業員の意欲向上等といった多様な趣旨を含むものである。

嘱託社員は、定年退職時に退職金の支給を受け、老齢厚生年金の支給を受けることが予定されている。また、嘱託社員の賃金(年収)は定年退職前の79%程度で、会社は嘱託社員の収入が安定するよう配慮しながら、労務の成果を賃金に反映しやすくなるよう工夫している。

これらの事情を総合考慮すると、嘱託社員に賞与を支給しないという労働条件の相違は、不合理とは認められない。

長澤運輸事件 解説

高年齢者雇用安定法の改正により、65歳まで継続して雇用することが義務付けられるようになりました。また、60歳以降の賃金額が60歳前の賃金額と比べて75%未満に低下したときは、雇用保険から高年齢雇用継続給付が支給されます。

そのため、従業員が60歳で定年退職して、会社が再雇用をするときに、賃金を引き下げることは広く行われています。このときに、業務の内容等が変わらないケースも少なくありません。

嘱託社員は、長期間の雇用が予定されていない、再雇用されるまで正社員として賃金を受給してきた、一定の要件を満たせば老齢厚生年金を受給できることから、労働条件の相違が不合理かどうかを判断する際に考慮する事情として、定年退職後に再雇用された者であることが、「その他の事情」に含まれると判断しました。

また、賃金の趣旨を個別に考慮して、この裁判では、嘱託社員に精勤手当を支給しないという労働条件の相違は不合理と判断して、それ以外の労働条件の相違は不合理ではないと判断しました。非正規社員に支給していない手当がある場合は、手当ごとに支給していない合理的な理由が不可欠です。

この裁判ではどれぐらいの引下げ幅までなら認められるのかという具体的な基準は示されませんでしたが、この会社では賃金の引下げ幅を2割程度として、差額を縮めるよう配慮していたことも重要です。

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