西武バス事件
西武バス事件 事件の経緯
バスの運転手が、勤務を終了した後に飲酒をしていました。翌日は早朝勤務を予定していたため、営業所に宿泊しようとして、同僚が運転する最終便の路線バスを2分間待機するよう依頼して、停留所以外の場所でバスを停止させて、乗車しました。
乗客から会社に対して苦情が申し込まれて、そのような事態が発覚しました。バスの運行を遅延させたこと等を理由として、就業規則に基づいて、会社はバス運転手の従業員を解雇しました。
従業員はこれを不服として、労働協約に基づいて、労使双方で構成する苦情処理委員会に苦情処理を申し立てましたが、解雇が相当であるという決定が下されました。
これに対して従業員が、解雇権を濫用するもので、解雇は無効であると主張して、労働契約上の地位が存在することの確認を求めて、会社を提訴しました。
西武バス事件 判決の概要
本件解雇が、その原因となった行為と比較して、社会通念上相当性を欠き、解雇権を濫用するもので無効であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。
東京高裁(原審)
翌日の早朝勤務のために、従業員は営業所に宿泊する必要があったとしても、営業所に行く方法としてはタクシーがあり、徒歩でも30分程度の距離で、バスが唯一の交通手段ではなかった。
従業員は、翌日の早朝勤務を意識しながら深夜まで友人と飲酒していたところ、たまたま出会った同僚のバス運転手に対して、飲み仲間に別れを告げに行くために、2分間の待機を求めた。
これは、一般の乗客でさえ躊躇うような行為であって、バスの運行を遅らせるという一般の乗客への迷惑を考えない不謹慎な行為である。
しかも、当時の従業員は制服姿のままで、外見上、その行為は公共交通機関を私物化したと見られてもやむを得ないもので、乗客が苦情を申し出るのは当然のことであり、十分問責されるべき違反行為である。
しかしながら、従業員は、翌日の早朝勤務に備えて営業所に宿泊するために、最終便のバスに乗車したもので、その動機は同情できるところがある。
また、乗車地点は、最終バスであれば、一般の乗客でも運転手の裁量で乗車させることがあり得る範囲内であった。
同僚の運転手が従業員の求めに応じてロータリーをゆっくり巡行した間に乗車が可能となり、従業員の求めによってバスが遅延した時間は、実際には40秒を超えない程度で、懲戒処分決定書に記載された2分には至っていなかった。
しかも、ロータリー内でバスが緩慢な走行をしたこと、及び、停車して従業員を乗車させたことによって、付近の交通に危険は生じていない。また、遅延が原因で、乗客が他の交通機関に乗り換える等の支障も生じていない。
以上により、従業員の行為の動機、態様、結果、従前の勤務成績、他の懲戒処分を選択する可能性、過去の処分例との均衡、解雇という重い措置が従業員に与える影響等を総合的に考慮すると、会社が行った解雇は、退職金の支給を伴う普通解雇として行われたこと、及び、労働協約に基づく苦情処理の手続において従業員の申立てが容認されなかったことをしん酌しても、その原因となった行為と比較して、社会通念上相当性を欠き、解雇権を濫用するものと判断せざるを得ない。本件解雇は無効である。
西武バス事件 解説
バスの運転手が勤務を終了した後に飲酒をして、同僚が運転する路線バスを遅延させたこと等を理由にして、就業規則に基づいて、会社が解雇をして、裁判になったケースです。
東京地裁では解雇は有効、東京高裁では解雇は無効と判断が分かれて、最高裁では解雇は無効という結論になりました。この事件では、
- 翌日の早朝勤務のため、営業所に行く必要があった
- 営業所には、タクシーや徒歩でも行けた
- バスを遅延させた
- 停留所以外の場所でバスを停止させた
- 遅延した時間は40秒で、交通の危険や乗換え等の支障は生じなかった
- 乗客から苦情が申し込まれた(会社の信用を失墜させた)
- 苦情処理委員会は解雇が相当であるという決定を下した
など、様々な事情があり、解雇は有効・無効、どちらの判断もありそうです。更に、
- 解雇ではなく懲戒処分を選択することはできなかったか
- 過去に同様の違反行為があったときの処分との比較
- 従業員の過去の勤務成績、過去に懲戒処分を受けたことがあるか
といったことも考慮に入れると、ますます判断が難しくなります。客観的に見ても、「解雇は認められるべきだ」「解雇は酷だ」と意見が分かれると思います。
結果的に、最高裁では解雇は無効という結論になりましたが、会社としては、裁判までもつれ込むような事態は避けたいものです。
労働契約法(第16条)では、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定められています。
この「社会通念上相当である」と認められるかどうかは、一般社会でどのように受け取られるか、常識的に考えて解雇は認められるかということで、明確な具体的な基準がありません。ケースバイケースによります。
会社が違反行為をした従業員を解雇したいと思っても、当事者になると判断が偏りますので、客観的な意見を聴くことが重要です。
そして、客観的な意見が分かれる場合は、相手の言い分が採用される可能性が十分に考えられますので、裁判になることも想定されます。裁判を避けたいのであれば、解雇は一旦保留して、別の懲戒処分や教育・指導、退職勧奨等を検討した方が良いです。
改善の機会を与えた後も、従業員が違反行為を繰り返して、客観的な意見がほぼ一致すれば、相手が弁護士等に相談をしても「勝ち目がない」と説明を受けると思いますので、「解雇は無効だ」と主張してくる可能性は大きく低下します。
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