札幌市衛生局事件

札幌市衛生局事件 事件の経緯

札幌市の職員が、酒気帯び運転等で逮捕、起訴されて、略式命令により、罰金の判決を受けました。

なお、その約4ヶ月前に、別の職員が飲酒運転をして、業務上過失傷害事件を起こしたことを理由に、懲戒解雇されました。札幌市は再発を防止するために、職員に対して、交通事故防止の指導を繰り返し行って、飲酒運転をすれば懲戒解雇処分とすると警告していました。

それにもかかわらず、職員が飲酒運転をしたことを理由にして、札幌市は懲戒解雇しました。

これに対して職員が、裁量権を濫用する行為であると主張して、懲戒解雇の取消しを求めて、札幌市を提訴しました。

札幌市衛生局事件 判決の概要

本件の懲戒解雇は裁量権の濫用に当たり違法であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。

札幌高裁(原審)

飲酒運転は、道路交通法の違反行為の中でも、特に危険度の高い悪質な行為である。

その上、別の職員が飲酒運転をして業務上過失傷害事件を起こしたことから、札幌市は職員に対して、交通事故防止の指導を繰り返し行い、飲酒運転をすれば懲戒解雇処分とすると警告していた。

それにもかかわらず、飲酒運転をした職員の行為は、軽微な非行とは言えない。しかし、

  1. 職員の行為は私生活上の非行である
  2. 人身事故を起こしたり、他人に被害を及ぼしていない
  3. 職員は改悛の情を示している
  4. 本件事故については罰金刑となったが、職員には道路交通法違反の反則行為(3回の前歴)があるだけで、前科はない
  5. 職員は懲戒処分を受けたことがない

また、職員は札幌市衛生局清掃部に所属し、公務員と言っても単純な労務に従事していたことから、一般市民と比べて高度の倫理性を要求、期待される者ではない。職員の行為によって、札幌市の職員の名誉や信用が毀損された程度は軽微である。

そして、地方公務員に対する懲戒処分を行うときに、どの懲戒処分を選択するかは懲戒権者の裁量に任されている。したがって、地方公共団体ごとの秩序維持に関する方針の相異によって、地方公共団体ごとに懲戒処分の基準に差異が生じる。

ただし、懲戒処分の妥当性について、社会通念を知る上で、地方公共団体における懲戒処分の実情は軽視できない。北海道内において、過去3年以内に、人身事故を起こさないで罰金刑となった飲酒運転を理由として、懲戒解雇となった例は、警察官に対するものしか見当たらない。

また、懲戒処分は秩序維持を主たる目的とするもので、懲戒解雇と他の懲戒処分の間には、職員が受ける不利益に著しい差異がある。

以上を総合して考えると、職員に対する懲戒解雇処分は、社会通念上、過重で妥当性を欠くものであって、裁量権を濫用したものと認められる。

札幌市衛生局事件 解説

札幌市の職員が飲酒運転をして、罰金刑の判決を受けたことを理由にして、札幌市がその職員を懲戒解雇しました。飲酒運転を理由とする懲戒解雇が、有効か無効か争われた裁判例です。

この裁判は、札幌市と地方公務員の間で争われたケースですが、一般企業と従業員の間で争われたとしても、考え方は同じです。

地方公務員については、地方公務員法によって、懲戒処分を行うことが規定されています。そして、懲戒処分の具体的な基準については、地方公共団体ごとに条例で定めることになっています。

したがって、地方公共団体ごとに懲戒処分の基準が異なります。企業ごとに懲戒処分の基準(種類と事由)が異なるのと同じです。

懲戒については、労働契約法によって、次のように規定されています

使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

この裁判は労働契約法が制定される前のものですが、原則的な考え方は同じです。

懲戒処分をするときは、客観的に合理的な理由があって、社会通念上相当であることが求められます。要するに、世間的に見て、厳し過ぎる懲戒処分は認められない(無効になる)ということです。

この裁判では、次の事項を挙げて、懲戒解雇処分とするには厳し過ぎて、社会通念上相当であるとは認められない、懲戒解雇は無効であると判断しました。

  1. 飲酒運転は私生活上の行為である
  2. 人身事故を起こしたり、他人に被害を及ぼしていない
  3. 職員は改悛の情を示している
  4. 前科がない
  5. 懲戒処分を受けたことがない
  6. 単純作業をする職員で、札幌市の職員の名誉や信用は大して失墜しない
  7. 北海道内で飲酒運転を理由として懲戒解雇をしたケースは警察官しかない

最高裁の判決ですので、この考え方が判例法理として定着しています。したがって、同様のケースであれば、懲戒解雇は無効と判断される可能性が高いです。

しかし、この裁判は1982年(40年以上前)のもので、社会通念は時代と共に変化します。飲酒運転については、現在は厳罰化が明確に進んでいますので、「人身事故を起こしていないから良い」という考え方は少数派でないでしょうか。

この基準を適用するとしても、列挙された事項を満たしていない場合は、懲戒解雇は有効と判断される可能性があります。

実際に、高校の管理職の職員に対する懲戒解雇、運送会社の従業員(セールスドライバー)に対する懲戒解雇について、有効とする判決が出ています。

高校の管理職の職員には高度の倫理性が要求されますし、運送会社は運転自体が業務ですので、職員や従業員が飲酒運転をすれば、高校や会社の信用が大きく失墜します。なお、その場合でも、退職金を不支給とすることは認められませんでした。

【関連する裁判例】