日本鋼管事件

日本鋼管事件 事件の経緯

会社の従業員が、昭和32年に砂川事件に加担して、日米安全保障条約に基づく刑事特別法違反の罪により、逮捕、起訴されました。

会社は、就業規則の懲戒解雇の事由の「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」に該当すると判断して、従業員を懲戒解雇しました。

これに対して従業員が、懲戒解雇は無効であると主張して、雇用契約上の地位が存在することの確認を求めて、会社を提訴しました。

日本鋼管事件 判決の概要

営利を目的とする会社が、その名誉や信用等の社会的評価を維持することは、会社の存続や事業の運営にとって不可欠である。

そのため、会社の社会的評価に重大な悪影響を与える従業員の行為については、それが職務遂行と関係のない私生活上で行われたものであっても、会社の規制の対象となり得る。

本件の懲戒規定も同じ趣旨で、不名誉な行為として社会から非難されるような従業員の行為によって、会社の名誉や信用等の社会的評価を著しく毀損したと客観的に認められる場合に、制裁として、その従業員を会社から排除できることを定めたものである。

従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、現実に業務を阻害したり、取引上の不利益が発生したり、具体的な損害は必要としない。

しかし、その行為の性質や情状のほか

諸般の事情から総合的に判断して、その行為により、会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。

これを本件に照らし合わせると、従業員は、在日アメリカ空軍が使用する基地を拡張するための測量を阻止するために、約250名の者と共に立入りを禁止されていた飛行場内に不法に立入り、警官隊と対峙した際は集団の最前列付近で率先して行動した。

この事件が反米的な傾向を持つ集団的暴力事件として広く報道されたことにより、会社が借入れを申し込んでいた銀行から労使関係を問題視されたり、他の鉄鋼関係会社から事件について批判を受けたりする等、会社の社会的評価に影響があった。

しかし、従業員の行為は、破廉恥な動機や目的はなく、これに対する有罪判決の刑は罰金2,000円という比較的軽微なものに留まり、不名誉の程度は大きくない。

会社は、従業員数が約3万人の大企業で、鉄鋼や船舶の製造販売を行っている。従業員は、その工員に過ぎない。

銀行からの借入れについては、同時に申し込んだ他社より3ヶ月ほど遅れて実現したが、従業員が事件に加担したことが遅れた原因になったとは認められない。

以上の事実関係を総合的に勘案すると、従業員の行為が会社の社会的評価を毀損したことは否定できないが、会社の体面を著しく汚したものとして、懲戒解雇の事由とするには不十分である。

したがって、従業員に対して行った懲戒解雇は無効である。

日本鋼管事件 解説

従業員が私生活で逮捕・起訴されて、会社の社会的評価を著しく毀損したことを理由にして、会社が懲戒解雇を行いました。その懲戒解雇が、有効か無効か争われた裁判例です。

労働契約法(第15条)によって、次のように規定されています。

就業規則に規定していれば、就業規則に基づいて、会社は従業員を懲戒することができます。ただし、会社が懲戒をする場合は、従業員がした違反行為の程度と懲戒処分の内容が客観的に見て釣り合っている必要があります。厳し過ぎる懲戒処分は認められません。無効になります。

例えば、職場で、従業員が横領をしたり、上司を殴ったりしたような場合は、職場の秩序を乱して、組織を円滑に運営することが不可能になります。そのような場合は制裁(懲戒)として、職場から排除すること(懲戒解雇)が認められます。

職場外(勤務時間外)の私生活で何をするかは、本人の自由です。しかし、従業員が私生活で犯罪行為等の非行をして、それが世間に広まって、会社の社会的評価を毀損することがあります。場合によっては、事業の運営に支障が生じることも考えられます。

そのような場合は懲戒処分が可能で、程度によっては懲戒解雇も認められます。一般的な就業規則にも、「会社の信用を失墜したとき」といった規定が懲戒事由として定められていると思います。

そして、この裁判では、実際に事業の運営に支障が生じたり、取引上の不利益が生じたりしていなくても、

を総合的に考慮して、会社の社会的評価に相当重大な悪影響が及ぶと評価される場合であれば、懲戒解雇が認められることを示しました。

本件では、罰金刑に留まったこと、単なる行員に過ぎなかったことを挙げて、社会的評価を毀損した程度は大きくないと評価して、懲戒解雇は認めませんでした。

犯罪行為については、過去の裁判例を見ると、懲役刑の場合や性犯罪の場合は、職場の同僚が仲間として受け入れにくく、円滑な組織運営が困難になることが予想されますので、懲戒解雇が認められやすい傾向にあります。

性犯罪は別として、罰金刑に留まったケースについては、会社の社会的評価を毀損したとしても、通常は重大な悪影響は及ばないとして、懲戒解雇は認められにくいです。ただし、その判断を覆すような特別な事情があれば、結論が変わる余地もあります。

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