相互タクシー事件(飲酒運転)

相互タクシー事件 事件の経緯

タクシー会社の運転手として勤務する従業員が、休日に酒酔い運転をして、交通事故を起こして、5万円の罰金刑を受けました。これを理由にして、タクシー会社は従業員を懲戒解雇しました。

これに対して従業員は、懲戒解雇は権利を濫用するもので無効であると主張して、労働契約上の地位があることの確認を求めて、会社を提訴しました。

相互タクシー事件 判決の概要

会社が行った懲戒解雇は、懲戒権あるいは解雇権の濫用に当たり無効であるとした原審の判断は、正当として是認できる。

東京高裁(原審)

事故当時、従業員は単に酒気を帯びていたにとどまらず、アルコールの影響によって正常な運転ができない状態で、事故は重大なものである。

勤務時間外で、自家用車を運転中の事故としても、運転を職務とする従業員がこのような行為をしたことは、タクシー会社の社会的評価に大きな影響を与えて、他の従業員が動揺して企業秩序を維持する上でも支障が生じる恐れがある。しかし、

  1. 事故による損害は比較的軽微で、従業員が賠償を終えて、事故に関する報道もなかったことから、本件の事故による会社の社会的評価の毀損は大きくはなかった
  2. 従業員は過去に前科や前歴はなく、会社から懲戒処分を受けたこともない
  3. 他の従業員は、本件の懲戒解雇は厳し過ぎるという反応を示している
  4. 本件について、労働基準監督署長は解雇予告の除外認定をしなかった
  5. 会社は従業員に対して、これまで比較的寛大に懲戒処分を行ってきた
  6. 同業他社では、本件より悪質な事例でも懲戒解雇にはなっていない
  7. 自動車運転を職務内容とするか否かという点で重大な差異があるものの、社会の奉仕者として規律が重視され、社会的にも厳しく評価されている県庁職員、公立学校教職員の飲酒運転の事例において、相当に悪質な例を除いて、全て停職以下の処分にとどまっている

など、諸般の事情を勘案すると、懲戒権の行使に当たって、会社に認められる裁量の幅を考慮しても、事故が会社の社会的評価に及ぼした悪影響、その企業秩序に与えた支障の程度は、客観的に見て懲戒解雇を相当とするほど重大であるとは認められない。

したがって、本件の懲戒解雇は懲戒権を濫用したものであって、無効である。

相互タクシー事件(飲酒運転) 解説

タクシー会社の従業員(運転手)が、休日に飲酒運転(酒酔い運転)をして、交通事故を起こしたことを理由にして、会社が懲戒解雇を行いました。懲戒解雇が有効か無効か争われた裁判例です。

懲戒及び解雇について、労働契約法によって、次のように規定されています。

この裁判は労働契約法が制定される前のものですが、考え方は同じです。

懲戒解雇は、懲戒処分として解雇をするものですので、その有効性が争われた場合は、両方の規定が適用されます。ただし、どちらの規定もほぼ同じことが書かれています。

原則的には、会社には、懲戒や解雇をする権利があるけれども、それをする場合は、客観的に合理的な理由が必要で、社会通念上相当であることが求められます。要するに、世間的に見て厳し過ぎる場合は、懲戒や解雇は認められません。無効と判断されます。

労働契約法の規定では、“社会通念”という抽象的な言葉になっていますので、判断が難しいです。そこで、裁判所は、社会通念上相当であるかどうかを判断する具体的な基準として、次の7項目を列挙しました。

  1. 会社の社会的評価を失墜させた程度は?
  2. 前科や前歴の有無、懲戒処分を受けたことがあるか?
  3. 懲戒解雇したことに対する他の従業員の反応は?
  4. 労働基準監督署長から解雇予告の除外認定を受けられたか?
  5. 会社の懲戒処分の適用がこれまで寛大だったか?厳格だったか?
  6. 同業他社の飲酒運転に対する懲戒処分の事例は?
  7. 世間一般の飲酒運転に対する懲戒処分の事例は?

この裁判では、いずれも従業員にとって有利な方向に働いたため、会社が行った懲戒解雇は無効と判断されました。

したがって、従業員が休日に飲酒運転をして、7項目とも同様であれば、懲戒解雇をしても同様に無効と判断される可能性が高いです。

ただし、このケースとは違って、勤務時間中の飲酒運転や休日(勤務時間外)でも人身事故を起こしたような場合は、懲戒解雇は認められる可能性があります。

また、この最高裁判決は1986年のもので、約40年前の出来事です。“社会通念”は時代と共に変化します。現在は、飲酒運転や危険運転に対して、厳罰化が明確に進んでいますので、同じ飲酒運転でも、40年前とは異なり、1.の会社の社会的評価はより大きく低下すると考えられます。

実際に、運送会社の従業員(セールスドライバー)が勤務時間外に酒気帯び運転で検挙されて、会社が懲戒解雇をしたケースでは、社会的評価を大きく低下する行為であるとして、懲戒解雇を有効と判断する判決(東京地裁)が2007年に出ています。

就業規則に、交通事故の防止に努力するという企業姿勢を示すために、飲酒運転をしたときは懲戒解雇とする旨を定めていたことも評価されました。ただし、退職金を全額不支給とすることまでは認められなくて、退職金額の3分の1を支払うよう命じました。

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