ネスレ日本事件(懲戒解雇)

ネスレ日本事件(懲戒解雇) 事件の経緯

従業員が体調不良を理由に欠勤をして、その翌日に、上司に年次有給休暇に振り替えるよう求めたのですが、上司が認めなかったため、会社は賃金の一部を減額しました。

この取扱いに対して、従業員が所属する労働組合が抗議行動を起こして、その過程で従業員が上司に暴行を加える事件が発生しました。

暴行を受けた上司が刑事告訴したので、会社はその判断を待って処分を検討することにしました。その結果、暴行事件から約6年後に不起訴になりました。

会社は不起訴が決まってから約1年後に、就業規則の懲戒事由に該当するとして、論旨退職の懲戒処分とすることを従業員に通告しました。しかし、従業員は期限までに退職届を提出しなかったので、会社は就業規則に基づいて懲戒解雇しました。

これに対して従業員が、懲戒解雇の無効を主張して、従業員としての地位の確認と懲戒解雇された日以降の賃金の支払を求めて、会社を提訴しました。

ネスレ日本事件(懲戒解雇) 判決の概要

職場の秩序を維持する必要があることから、会社には懲戒処分を行う権利がある。ただし、就業規則に規定されている懲戒事由に該当する事実があったとしても、それが客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められない場合は、権利の濫用として無効になる。

上司が警察及び検察庁に被害届や告訴状を提出したため、会社は捜査の結果を待って処分を検討することにした。そして、暴行事件から7年以上が経過した後に、諭旨退職処分を行った。

しかし、暴行事件は職場で就業時間中に行われたもので、上司以外にも目撃者がいたことから、捜査の結果を待たなくても処分を決定できたと考えられる。7年以上の長期間にわたって、懲戒権の行使を保留していたことに合理的な理由は認められない。

しかも、捜査の結果が不起訴となった場合は、懲戒解雇は行わないのが通常の対応と考えられる。不起訴となったにもかかわらず、懲戒解雇を行うことは一貫性を欠く対応である。

また、暴行事件以降、期間の経過とともに職場の秩序は徐々に回復し、諭旨退職処分を行った時点では、秩序維持の観点から、懲戒解雇や諭旨退職のような重い懲戒処分を必要とする状況ではなかった。

以上により、暴行事件から7年以上が経過した後に行われた諭旨退職処分は、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当であるとは認められない。したがって、諭旨退職処分は権利を濫用したものとして無効、諭旨退職処分による懲戒解雇も無効である。

ネスレ日本事件(懲戒解雇) 解説

従業員が職場で上司に暴行を加えて、7年以上が経過した後に行った懲戒解雇(諭旨退職)が、有効か無効か争われた裁判例です。

上司が部下から暴行を受けて、上司が刑事事件として告訴したので、会社としては万全を期すために、その捜査の結果が出てから懲戒処分を検討しようと考えていました。

しかし、捜査がなかなか進展しなくて、結果的に暴行事件から約6年後に不起訴となりました。そして、その約1年後に就業規則に基づいて、会社は諭旨退職の懲戒処分を決定しました。

なお、諭旨退職とは懲戒処分の1つで、違反行為を行った従業員に自発的に退職するよう勧告して、それに応じない場合は懲戒解雇をするというものです。このケースでは、従業員は退職に応じなかったので、会社は懲戒解雇を行いました。

懲戒については、労働契約法第15条によって、次のように規定されています。

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

会社が懲戒をするときは、客観的に合理的な理由があって、社会通念上相当であると認められる場合に限り、有効になることが示されています。要するに、厳し過ぎる懲戒処分は無効で、違反行為の程度と懲戒処分の重さが釣り合っている必要があるということです。

そして、この裁判では、次のような理由から、会社が行った懲戒処分(論旨退職と懲戒解雇)は、権利を濫用したものとして無効であると判断しました。

つまり、刑事事件になった場合でも、会社としては、その結果を待たなくても良いということです。逆に結果が出るまで待っていると、この裁判例のように無効と判断される可能性があります。

上司に対する暴行は職場の秩序を乱す典型例と言えますので、暴行事件があって数ヶ月以内に諭旨退職や懲戒解雇を決定していれば、このケースでも恐らく有効と認められたと思います。

懲戒処分の決定は急ぐ必要はありませんが、違反行為を行った本人に弁明の機会を与えたり、当事者や目撃者から聴き取り調査をしたりして、事実が明らかになった場合は、通常は1ヶ月もあれば決定できると思います。

なお、事実が明らかでない場合は、慎重に対応するべきです。

【関連する裁判例】