八戸鋼業事件

八戸鋼業事件 事件の経緯

従業員Aが3時間遅刻をすると会社に届け出たのですが、当日は出勤しませんでした。その当日、実際には出勤していないにもかかわらず、定時に退勤したものとして、従業員Bが従業員Aのタイムカードを打刻しました。

タイムカードの不正打刻が発覚したため、会社は就業規則に基づいて、従業員Aと従業員Bの両方を懲戒解雇しました。

これに対して従業員が、懲戒解雇は権利を濫用するもので無効であると主張して、従業員としての地位の確認を求めて、会社を提訴しました。

八戸鋼業事件 判決の概要

従来、従業員の出勤及び退勤については、現場の長が逐一出勤表に記入していたが、不正確で、従業員の間に苦情や不満があった。そのような弊害をなくすために、タイムレコーダーを備え付けることになった。

従業員がタイムレコーダーの使用に習熟するために、1ヶ月の準備期間を置いてから本格的な実施を開始したが、他人のタイムカードを不正に打刻する者が現れるようになった。

会社としては、タイムカードの打刻時間が給料算定の基礎となることから、事態を重視し、不正行為を警告するために、「出社していないにもかかわらず、同僚に記録を依頼するような不正があった場合は、依頼した者及び依頼された者は共に解雇する」という掲示をして、従業員に周知した。

従業員は、この警告を熟知していたにもかかわらず、あえて無視して不正打刻に及んだものであって、ふとしたはずみで偶発的に行われたと認めることはできない。これを裏付ける特段の事情がない限り、懲戒解雇は懲戒権の濫用には当たらない。

八戸鋼業事件 解説

タイムカードの不正打刻を理由にして行った懲戒解雇が、有効か無効か争われた裁判例です。

この裁判のポイントは、タイムカードの不正打刻をする者が現れたため、会社が特別に「不正打刻を依頼した者、不正打刻を実行した者を解雇する」と警告して、事前に従業員に周知していたことです。

タイムカードの不正打刻は、それ自体は大した行為ではないと受け取られるかもしれませんが、タイムカードは賃金を決定する際の基礎資料ですので、従業員は賃金を不正に受け取ることになります。結果的に、横領や窃盗と大差ない行為と言うこともできます。

ただし、会社から事前に警告をしていない状態で、就業規則の懲戒解雇の事由に該当するという理由で、いきなり懲戒解雇をしても、権利を濫用したものとして、通常は無効と判断されます。また、警告をしていても、偶発的に間違って他人のタイムカードを打刻したような場合も、無効と判断されます。

この裁判になったケースでは、会社の警告をあえて無視して不正打刻に及んだもので、悪質であると判断しました。したがって、会社が行った懲戒解雇は有効と認めました。

従業員が会社の指示、命令、警告等に従うことは組織運営の基礎です。正当な理由がないにもかかわらず、それに従わない従業員がいると、職場の秩序を維持できません。円滑な組織運営や職場秩序の維持の観点から、そのような従業員は組織から排除、解雇せざるを得ません。

タイムカードの不正打刻に限らず、会社には様々なルールがあって、多くは就業規則で規定していますが、自分の行為が違反行為と認識していないケースがあります。

この会社では適切な対応をしていましたが、会社がタイムカードの不正打刻を見過ごしていると、会社は黙認していたと判断されます。また、従業員は悪意がなく違反行為をしていた可能性もありますので、懲戒処分をしても認められません。

軽い違反行為を発見した場合は、会社としてはいきなり懲戒処分を科すより、最初は指導や警告をして違反行為であると認識させることが大事です。ほとんどの従業員は、それで行動を改めます。

違反行為と認識した上で繰り返す者については、円滑な組織運営や職場秩序を乱す者として、就業規則に基づいて懲戒処分を検討することになります。

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